死産後の子宮の痛み
我が人生最悪の時
胎盤を麻酔なしで引っこ抜かれた時、痛みに強いはずのこの私が思わず「痛い!!!」と叫んだ。
それくらい痛かった。陣痛の比ではない。今まで生きてきた中でダントツの痛みだ。
しかも、なかなか胎盤が取れないものだから、何度も何度も手袋をはめた手でグリグリと引っ張られ、その都度私は「ギャーギャー」と泣き喚いた。
まるで拷問そのものだった。
だが、そんな「我が人生最悪の時」の記憶も時間の経過と共に薄れてゆき、あれから3回目の生理を終えた今となっては、もう思い出すこともなくなっていた。
しかし―。
ここ何日か前より、どういうわけか丁度<胎盤を取った部分>に痛みが出るようになった。
それもちょっと痛む、とかではなく、「イテテ」と反射的に前傾姿勢をとってしまうほどに。
その度にあの忌まわしき記憶が蘇ってくる。
(助けて神様)
胎盤を弄られながら何度心の中でそう叫んだだろうか。だけど神はいつだって無慈悲に沈黙を貫く。
過去も尽くそうだったじゃないか、きっとこれからもそうだ。彼は助けはしない。ただの傍観者だ。
となると、この先どうなるかわからない。
例え耐え難いほど痛く辛い思いをしたからといって、次は必ず救われるわけではないのだ。
もしかしたら、今回の掻爬手術が次の妊娠に影響を及ぼす可能性だってある。
(この痛みって、まさか傷が癒着でもしているのか?最悪もう妊娠できないんじゃ・・・。)
途端に私は不安に駆られ、ネットで記事を漁りまくった。けれど私と同じような人など誰も居ない。
それでいよいよ心配になって、先週の土曜、私は婦人科を受診した。
今まで通っていた病院は閉院してしまったため、今度はちょっと遠い所の病院へ。
で、結局何だったのかというと。
結論から言うと、何でもなかった。
医師曰く、「子宮も卵巣も、傷もないし綺麗だから、また妊娠できるよ」とのことだった。
けれど、私は腑に落ちなかった。
では、傷もないのに何故こんなにも痛くなるのか。甚だしく疑問だったので、言葉を少し弱めて医師に質問してみたが、彼もまたよくわからないようで最終的には「精神的なものだ」の一点張りとなってしまった。
でもハッピーな時ですら痛むんだから、そんなわけないじゃん。言いたかったが、私は言葉を飲み込んだ。結局私の疑問に対して「精神的なもの」以上の明確な回答は得られなかった。
仕様がないので、取り敢えず心を安定させる作用がある、という漢方薬を出してもらい家路についた。
(子宮に傷もない、となると考えられるのは‐。)
家に着くなり、帰りの車中で運転しながら考えていたキーワードをキーボードに叩き込む。
すると。
何度か目の検索で見つけた。
子宮が痛む原因は恐らくこれなのかもしれない。
「古傷の痛みが起こるのはなぜ?」
治ったはずの痛みが甦るしくみ
すっかり直ったはずの、昔にケガした部位や手術をした部位が、季節の変わり目や雨が降る前、寒くて身体が冷えたときなどに痛むのはなぜだろうか。
じつはこの現象、見た目は完治したようでも、皮膚の下の筋肉組織が完全に修復されていないために起こると言われている。また血流が悪くなったり、筋肉の伸縮がうまくいかなくなったりすると痛みを感じやすい。患部の疼痛だけでなく、痛みは交感神経と関わるので、頭痛や吐き気など神経系の症状として表れる場合もある。
CALORDA
要は、痛みの原因は自律神経の乱れで、どうやら天気とストレスが関係しているらしい。
特に、ストレスを溜めない様にすることが大事、とある。
確かに、思い返せば雨の降りそうな時や疲れている時に、何だかじくじく痛む気がする。
やはり古傷の痛みなのか。
と、私の疑念が確信にかわろうとしたその刹那、突如としてどこかで耳にしたことのあるイントロがどこからともなく聞こえてきた。
(あー、ラジオつけてたんだった。ていうか、知ってる曲。これなんだっけ?)
耳をそばだてるやいなや
「ハーバーライトが朝日に変わるー」
渡辺真知子が粘り付くような声で歌いだす。
(あー、そうそう。かもめが翔んだ日、ね。)
「その時一羽のかもめが翔んだー」
出だしのメロディが終わるころには私もノリノリで、先走って「人はどうして‐」と真知子より一足先に歌いだす。だが真知子はなかなか歌い出さない。不思議に思ってじっくり聞いてみると、演奏が違う。かなりのスローテンポだ。出だしはいつも通りだったのに、もはや私の知っている曲ではない。軽く混乱していると、ついに真知子が歌いだした。ゆったりとした演奏に合わせ、とんまっぽく。ぬめぬめとした声を伴奏に絡ませながらねっとりと歌った。
どうやらアレンジを加えて歌っているらしい。しかし、スローにするにも程がある。これではスロー再生時の音楽だ。
しかも、元の曲を知っているだけに、本来ならばここであの音がするはずなのに、だいぶ遅れてその音が届くので、聞けば聞くほどひどく調子が狂い、頭が錯乱する。
なんだか曲を聞きながら、時空の歪みを感じた。
(ああ、なにこれ、イライラする。)
私は前屈みで腹を押さえ、ラジオを切った。