胎児水腫となって死産した話⑭
私が念力を込めて、操にエールを送っていると、「ちょっと待っててくださいね。」と先生は診察を中断し、おもむろに誰かに電話を掛け始め、「もしもし」と言いながら診察室の奥に掛かったカーテンの中へ消えて行く。
(きっと誰かと私に関する内緒話でもするのだろうな)と思っていると「こども病院の××先生でしょうか。」という声がハッキリと聞こえてきた。勿論、声の主は先ほど診てもらった、私の主治医だ。
「この度は−−−。そうなんです。ええ。胎児水腫で。」
先生が何か話し始めたので、聞き耳を立てると、会話の内容はやはり私に関することでビンゴだった。胎児水腫なんて珍しい病気を近距離で同時期に、まるで伝染病みたいに発症することなんて、そうそうないだろうし。
「−−−で、やっぱり経過観察となりますかね。」
そんなことよりも、私に関する内緒話をするならば、布一枚隔てただけの所に私が居るのだから、せめてもう少し小声で話すとか、遠くへ行って話すとかして欲しい。そんな普段のトーンで話されたら、こちらに筒抜けじゃないか。デリカシーのカケラもない。
私はゲンナリしたが、先生はお構いなしに普段通りの声量で電話を続ける。
「−−−浮腫が−−−です。そうですね。心臓は萎縮しています。で、−こちらの−−はどうでしょうか。」
モゴモゴ喋るので、如何せん聞き取り辛い部分が所々あったが、何故か一部分だけ、妙にハッキリと聞き取れた。
<心臓は萎縮しています>
(心臓・・・が・・・・萎縮?!)
私は我が耳を疑った。
先ほどの説明では、先生は心臓については一切触れなかった。
この、敢えて私に病状を伏せる、というのはつまり、私が考える以上に状態は悪い、ということなのだろうか。
私の中に灯ったかすかな希望の光は再び陰り出した。
その後電話を終えた先生は何食わぬ顔で私のところに戻ってきて、「貴女の件、専門の病院に相談させていただいたのですが、やはり今のところ様子をみるしか手がないんですね。」と申し訳なさそうな顔で言った。
私はよっぽど、
「そんなことより心臓が委縮しているってどういうことですか?」と詰め寄りたかったが、すぐに諦めた。
どうせ、そんなことを聞いたところで、ガチガチのマニュアルっぽい返答がオチだろう。
「では、来週また診せて下さい・・・・。」
先生は心配気にこちらを見、私の表情を伺っている。
多分、今にも線路に飛び込みそうな、生気のない顔でもしていたのだろう。実際、頭に過ぎったし。
「ありがとうございました。」
私はほとんど条件反射で礼をした。
答えもない、あやふやな診察だったのに、何がありがとうなのか全くわからない。
私は絶望しながら弱弱しく診察室のドアを開けた。すると、それを待ち構えていたかのように、待合室にいた赤ん坊が大声で泣きはじめる。
(・・こんな時に・・・・。)
その途端、堪えていた涙がせきを切ったように溢れ出し、人目もはばからずにおいおいと泣いた。
続く