胎児水腫となって死産した話19
※だいぶ時間が経ってしまいましたが、続きを書きます。
日時など、細かい部分は忘れている為、ざっくりとしてしまいますが、どうかご容赦ください。
あと、話がつながらない箇所があったらすみません。
入院2日目〜膣剤〜
出産当日。
これまでにないほどの重苦しい朝を迎えた。
だってあと数時間後には、我が子はもう私の一部ではなくなってしまう。
それに、いざ稚児子の形骸を目にしてしまったら、いよいよ我が子の「死」を受け入れざるを得なくなるのだ。
気楽で居られるわけがない。
しかも、私は別れは苦手だ。
執念深いから、愛着のある相手なんかは絶対に手放したくないのである。
だから、この子と永遠に離れないためにも朝日が登るまでに、このままこの病室で括れて死んでやろうと何度も思った。
だけど、臆病な私は結局何もできないままで。
気が付けば、窓にぶら下がっているシャッターの隙間から糸状の光が差し込んでいた。
すると、廊下からカチャカチャと騒がしい音が。
慌てて時計を確認すると、もう配膳の時間である。
(終わったー)
多分、ここから先はもう括れる隙なんてないのだろう。
ということは、もう吾々のお別れも決定したようなものだ。
私は結局あの子を独りで行かせてしまうのだ。もはや罪悪感しかない。
「失礼します。」
私のそんな考えを打ち消すかのように、ノックの音と共に配膳係のおばさんが元気よく入室してきた。おばさんは私とは対照的に、何だかやたら明るい感じで、無遠慮に「開けますね!」なんて言いながら、勝手に私の背後に回った。私は許可を出した覚えはないのだけれど、結局、シャッという音と共に、薄暗い部屋がたちまち柔らかな光で満たされた。
ーと、同時に、看護婦さんも慌ただしく私の病室に入ってくる。
「お食事前にすみません。それじゃあ、今から先生に陣痛を起こす膣剤を入れてもらいますね。」
看護婦さんがそう言い終えるやいなや、女医が助手を引き連れて現れた。
そして、挨拶もそこそこに件の薬を取り出すと、私の膣へ一瞬で挿入し、それから看護婦さんに目配せをすると、再び助手を引き連れ、風のように去っていった。
私はこのあまりにも急な出来事に言葉を失い、そのままベッドに横たわりながらぼんやりしていると、先ほど女医から目配せされた看護婦さんが、どこか申し訳なさそうな表情で、膣剤の効果はゆっくりだから、出産は昼頃になるだろう、という説明をし始めたので、私は
ついにきたかー。
と思った。
別れのカウントダウンが始まったのだ。
そこから私は、もうすっかり13階段を上がるような気分になってしまって。この一瞬一瞬が惜しくて堪らなくなってしまった。故に、看護婦さんの説明もろくに頭に入って来ない。
ーお辞儀をする看護婦さん。看護婦さんの後ろ姿。テーブルの上に置かれた箸。右手で掴む。お茶碗。左手で持つ。よそわれた米。箸を動かす。米を数粒つまみあげる。口へ運ぶ。
こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎるのだ。
そう思ったら泣けてきて、私は米を頬張りながら涙を流した。
「どう?美味しい?」
泣きながら、私は我が子に話しかけた。すると、子宮ではなく頭の内側から声がする。
「美味しいよ。」
私はこれを真実だ、と思い込み、それから意を決して貪り食った。
「そっか。ならいっぱい食べようね。」
そう呟きながら。
本当は胸が苦しくて、全く食べたくないのに。
でも、これが最後。
吾々の最後の食事なのだ。
ならば無理をしてでも食うしかないだろう。
「たんとお食べね。」
そうして再び箸を口に運んだその時、微かに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
どうやらこのフロアのどこかの病室で喚いているらしい。
あゝ吾々は、なんて哀れなんだろうか。